古墳・遺跡・化石・現地説明会 他
Recent entries
2008/10/05 (Sun)
飛鳥京跡
2008/10/02 (Thu)
浄土屋敷遺跡
2008/10/02 (Thu)
向日市埋蔵文化財センター
2008/10/02 (Thu)
金貝遺跡
2008/10/01 (Wed)
エジプト展
2008/10/01 (Wed)
高松塚壁画
2008/09/30 (Tue)
南曽我遺跡
2008/09/30 (Tue)
箸墓古墳
2008/09/28 (Sun)
藤原宮朝堂院跡
2008/09/27 (Sat)
平城宮跡
筒井城跡
本丸囲む大規模堀跡 大和郡山・筒井城跡で出土 あす現地説明会
戦国大名・筒井氏の居城だった大和郡山市筒井町の筒井城跡で、本丸を囲んだ14世紀中ごろの大規模な堀跡が出土した。築城時期が1世紀さかのぼることを示すとともに、大和の在地領主間の緊張状態がすでに室町時代からあり、筒井氏が早くから城を構えるほどの勢力を持っていたことがわかった。
史跡指定に向けた範囲確認のため、同市教委が「シロ」という地名が残る250平方メートルを発掘。幅8メートル、深さ2メートルの堀跡が東西10メートルにわたって見つかった。地割から復元した城の設計図には存在しない堀だった。
堀のたい積土の下層から、城内で使われたとみられる14世紀中ごろの日常食器の瓦器(がき)や儀式用の素焼きの土師皿が大量に出土。ホッケーに似た球遊び毬杖(ぎっちょう)に使った木製球4個も見つかった。上層にあった土器の年代から、15世紀前半に北側の土塁を壊した土で埋められたことが判明。1434年に「筒井館」が在地領主の越智氏に攻められた時とみられる。
同市教委は、筒井氏が文献に登場する14世紀後半以前から、筒井氏ゆかりの地名が残るこの地で、すでに有力者として存在し、15世紀前半に登場する筒井城の前身の城を築いていたとみている。
筒井氏は、元は興福寺の僧兵。室町幕府の後ろ盾を得て勢力を伸ばしたが、信貴山城主松永久秀によって1559年、筒井城を追われた。しかし、筒井順慶(1549〜84)が織田信長に従い、77年に松永を滅ぼして大和一国を支配するまでに台頭。郡山城(大和郡山市)を築いて移った。
山川均・同市教委主任は「幅4メートルぐらいが一般的だった当時としては大規模な堀。本格的な城郭が、筒井氏が頭角を現す15、16世紀以前にもあったことになり、中世の大和の在地領主の勢力研究にも重要な成果だ」と話している。
現地説明会は3月1日午前11時から。
近鉄筒井駅から北東へ徒歩10分。駐車場はない。
2008/02/29 18:26
奈 良
丹波竜
丹波竜、“新品”の歯発見
兵庫で国内初
兵庫県丹波市で、ティタノサウルス形類とみられる大型草食恐竜「丹波竜」の全身骨格の発掘を進めている兵庫県立人と自然の博物館(同県三田市)は28日、地層から歯1本が見つかったと発表した。
歯は長さ4・5センチ、幅1センチで円すいを縦に半分に切ったような形。表面がすり減っておらず、古い歯と生え替わる前に、あごの骨の中にあった“新品”と断定した。
ティタノサウルス形類を含む「竜脚類」は上下計40本程度の歯があり、生涯で複数回生え替わる。博物館によると、竜脚類の未使用の歯が見つかるのは国内で初めて。
博物館の三枝春生研究員は「種を特定する手掛かりの一つになるだろう。あごの骨が近くにある可能性も出てきた」と期待している。
2008/02/29 17:56
其 他
亀塚古墳
突出部やっぱりありました
野洲市教委 亀塚古墳 円墳説を撤回
野洲市教委は27日、古墳時代中期の亀塚古墳(滋賀県野洲市冨波甲)の形が「造り出し」と呼ばれる突出部を持つ帆立て貝型か前方後円墳とみられる、と発表した。市教委は昨年10月、「円墳の可能性が高い」と公表したが、その後の調査で突出部が見つかり、「円墳説」を撤回した。
■前方後円か帆立て貝型
亀塚古墳は国史跡「大岩山古墳群」の一つ。明治時代の村絵図に描かれた形から同古墳は突出部を持つ古墳と考えられていたが、昨年9月の調査で古墳の周囲を3カ所試掘しても突出部は見つからず、市教委は円墳と推定。1カ月後に現地説明会を行った。
ところが、その後、さらに7カ所を試掘したところ、墳丘の西側から突出部の遺構が出土。市教委は急きょ円墳の見解を修正し、全長45メートル以上の「帆立て貝型または前方後円墳」と判断した。5世紀末の造営期は変わらないという。
市文化財保護課は「古墳の周囲は農地に開墾されて土地が削られているため、造り出しを見つけにくかった」としている。市教委は今後、同古墳を埋め立てて保存し、公園に整備する。
2008/02/28 17:54
滋 賀
井伊家の下屋敷
能舞台など遺構確認
彦根藩・井伊家の下屋敷の建物部分「楽々園」(彦根市金亀町)の保存整備を進めている彦根市教委は26日、敷地内の発掘調査で、11代藩主・直中が隠居した際に築造した大規模な建物群の遺構が確認された、と発表した。能舞台や坪庭などの遺構も含まれている。特に能舞台は音響効果を高めるため、舞台下には山土をつき固めてつくった大きな方形の穴も見つかった。
彦根藩の下屋敷「槻(けやき)御殿」で、建物部分を楽々園、庭園部分を玄宮園と呼んでいる。文献によると、直中が隠居する際に能舞台など大幅な増改築が行われ、最大規模になった。その後、江戸末期までに解体・縮小されたが、文化年間の絵図などから遺構の存在が推定されていた。
能舞台は1814(文化11)年の建立。遺構の主要部分には、幅5.1メートル、奥行き5.7メートル、最深部1メートルの穴が、土をつき固めてつくられており、続く廊下部分にも同様の遺構があった。音響をよくするため、舞台下に複数の瓶(かめ)を据えることは一般に知られているが、今回のような工法でつくられた音響設備は珍しいという。
井伊家の表御殿の能舞台(現・彦根城博物館能舞台)でも漆喰(しっくい)でつくった同様の穴が確認されている。楽々園の能舞台はその後にできたことから、市教委は「何らかの技術的反省があって、山土を固める工法を採用したのではないか」としている。
今回発掘されたのは能舞台を除くと、井伊家の家族らが生活していた空間。建物と建物の間につくられた狭い坪庭や、入浴施設の湯殿、瓶を埋めた便槽、竹や木材で水道管をつないだ上水遺構なども確認された。
現地説明会は3月1日午後2〜4時。小雨決行。
2008/02/27 17:47
滋 賀
飛鳥美人
「飛鳥美人」一般公開へ 文化庁、5月に初めて
文化庁は二十五日、修復を進めている奈良県明日香村の高松塚古墳(七世紀末―八世紀初め)の国宝壁画を五月末ごろ、一般公開すると発表した。都内で開いた高松塚の恒久保存対策検討会で明らかにした。
一九七二年の発見後、管理している文化庁が壁画を一般人向けに公開するのは初めて。
修復作業に影響しないよう人数や日数は限定的になる見通しで、詳しい日程は地元の明日香村などと協議して決める。これに先駆けて村民向けの公開も実施するという。
高松塚は壁画修復のため、二〇〇七年に石室を解体。カビなどで劣化した「飛鳥美人」などの壁画は、古墳近くの修復施設へ移され、表面の汚れを取り除く作業が始まっている。
温度二一度、湿度55%の作業室に天井や壁の石など計十六枚が、壁画が描かれた面を上にして置かれており、公開時は見学通路からガラス越しに見る形になる。期間については一週間から十日ほどで検討している。
解体前の石室は定期点検で文化庁職員らが入る以外、閉鎖されていた。
この日の検討会では、石室内外で採取したカビなどの微生物の解析結果も専門家が報告。石室内の微生物は墳丘の土壌に生息するものと遺伝子レベルでほぼ同一だったという。
2008/02/26 05:53
奈 良
神功皇后陵調査
神功皇后陵調査、ゆっくり2時間半
◆「第一歩」踏みしめ
◎研究者ら議論、写真撮影も
最初の一歩を踏み出した。これまで立ち入り調査が認められていなかった宮内庁管理の陵墓。22日、奈良市山陵町の神功(じんぐう)皇后陵(五社神(ごさし)古墳)に学会代表の16人が初めて入った。住民や多くの報道関係者らが遠巻きに見守る中、埴輪(はにわ)の破片を確かめたり、写真を撮ったりしながら、約2時間半かけてゆっくりと墳丘を一周。終了後、今後のさらなる公開に期待感を示した。
研究者が陵墓内に立ち入ったのは午後1時前。普段は市民の立ち入りを阻んでいる鉄の格子戸が開けられ、16人が次々と中へ。立ち入りが認められたのは墳丘1段目までだったため、調査の様子は外からでも確認することができた。墳丘東側で埴輪が見つかった時には、研究者らは20分近くその場で議論したり、写真を撮ったりする姿もみられた。
午後3時半ごろ調査が終わり、研究者らが陵墓の外に出ると、宮内庁の職員が鉄格子を再び固く閉ざした。
県内に陵墓は多く、市民への公開を望む声も大きいが、現在立ち入りが可能なのは学術研究者だけ。立ち入り調査後の記者会見で、宮内庁の担当者は「今後内規を変更する予定はない」と話した。
陵墓に立ち入ったメンバーの一人、歴史科学協議会員の森岡秀人・兵庫県芦屋市教委文化財担当主査は「今回の公開は、目指している数段先の第一歩。研究者が調査結果を伝えるだけでなく、市民も入れるよう間接、直接、両面での公開を期待している」と話した。
2008/02/25 16:48
奈 良
藤原宮CG
藤原宮CG完成 朱の柱黒光りの瓦
奈良産大と橿原市
橿原市が奈良産業大(三郷町)と連携して取り組んでいる日本最初の本格的都城・藤原京(694〜710年)のコンピューターグラフィックス(CG)画像制作で、天皇の住まいなどがあった都の中心となる藤原宮の画像が完成した。今後は宮の周囲の京域の制作に移り、2年後には1300年前に築かれた都全体の完成を目指す。
CGでは、天皇が即位した大極殿や、役人が執務した朝堂、朱雀門などが再現され、朱色の柱と黒光りする瓦のコントラストが美しい。大極殿院南門は、当初は2階建てで制作していたが、昨年の奈良文化財研究所の発掘調査で平屋と判明。急きょ変更するなど、最新の発掘成果を盛り込んでいる。
奈良産業大では、2006年に「日本一の山城」とされる国史跡・高取城(高取町)のCGによる再現にも取り組んでおり、今回は学生4人が、授業の一環として制作。人々の暮らしの様子などもアニメーションで表現していく。
一方、市は、CGを「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」として世界遺産登録を目指す藤原宮跡のPRなどに活用する。
2008/02/24 17:57
奈 良
絵でみる考古学展
古代のにぎわいを再現 飛鳥資料館で「絵でみる考古学展」
古代の宮廷貴族や庶民の暮らしぶりを描く考古イラストレーター、早川和子さん(京都府木津川市在住)の原画展「絵で見る考古学」が、奈良県明日香村奥山の奈良文化財研究所・飛鳥資料館で開かれている。藤原宮で盛大に行われた宮廷儀式、庶民でにぎわう都の市場などを描いた約40点を展示しており、早川さんは「古代人も現代人と同じように生きたことを感じてもらえれば」。23日午前11時と午後1時から、早川さん自身による作品解説が行われる。
早川さんは「元祖天才バカボン」などのアニメ動画を描いた経験を生かし、約20年前から発掘成果をもとに古代の風景を再現したイラストを手がけるようになった。宮殿や住居だけでなく、当時の人々の表情を生き生きと描いた作品は歴史ファンや子供たちにも評判で、遺跡特別展やパンフレットなどで幅広く活用されている。
今回は、古墳時代や奈良時代などを取り上げた作品を展示。平城京の市を描いた作品では、泥棒を追いかける店の主人、地方から都に出てきたホームレス、恋人にプロポーズする男性など、現代と変わらない人々の喜怒哀楽を表現。このほか、巨大な古墳築造で動員された人たちが数千本もの埴輪(はにわ)を重そうに運ぶ姿なども描かれている。
早川さんは「貴族の服装や建物などは考古資料に忠実に描く半面、人々の表情やしぐさはイメージをふくらませながら描けるところが楽しい」と話している。
3月2日まで。月曜休館。入館料は一般260円、高校・大学生130円、中学生以下無料。問い合わせは同館((電)0744・54・3561)。
2008/02/23 17:27
奈 良
奈良県予算案
「飛鳥宮」北限解明へ
奈良県の平成20年度当初予算案には、文化財や警察関連でもさまざまな施策が盛り込まれた。「飛鳥宮」(明日香村、飛鳥京跡)については世界遺産登録をにらみ、さらなる発掘調査を実施。また、県警では増加する高齢者の死亡事故などの防止に向けた施策を重点的に展開する。
◆文化財
「飛鳥宮」は、飛鳥板蓋(いたぶきの)宮や飛鳥浄御原(きよみはらの)宮などがあったとされる一帯の総称。調査は、世界遺産登録への足がかりとなる史跡指定を見据え、新たに20年度から3カ年計画が組まれた。
初年度は1000万円を計上。昨年、飛鳥浄御原宮の北限を区切る可能性のある飛鳥時代(7世紀後半)の石組み溝が見つかった地点の近くを調査し、宮の北限確認に向けた作業を進めることにしている。
近代和風建築については、重要文化財などへの指定を目指す総合的な調査のため、280万円を盛り込んだ。近代和風建築の建造物は県内にも多く残っているが、重文には奈良市の旧県物産陳列所(仏教美術資料研究センター)が指定されている程度。このため、2カ年計画で詳細な調査を行うこととし、地元からの候補のリストアップを受けて対象を絞る。
また、文化財の保存修理に関する補助費として総額3億2240万円を計上。「平成の大修理」が進む唐招提寺金堂(奈良市、国宝)のほか、当麻寺奥院本堂・方丈(葛城市、重文)や高鴨神社本殿(御所市、同)などの修理が含まれている。
2008/02/23 17:26
奈 良
高松塚の切石
高松塚の切石公開
半分が変色 側面に黒カビ
文化庁は21日、明日香村平田の高松塚古墳壁画修理施設で、20日に同古墳から取り出した切石を報道各社に公開した。
切石は16枚の石室石材と同じ凝灰岩で、縦横各約59センチ、厚さ約35センチの方形。南に傾いた状態で約半分が土中に埋っていたため、斜め半分が変色。側面などに黒いカビが広がっていた。他の石室石材より風化が激しく、表面には亀裂も見られた。
2008/02/23 17:19
奈 良
「楠葉台場」跡
「楠葉台場」解明へ調査
勝海舟設計、京の治安拠点
京都、大阪府境で現存する日本唯一の河川砲台場跡で、幕末に京都守護に当たった会津藩と深いかかわりがある「楠葉台場」跡(大阪府枚方市)の発掘調査を、枚方市教委が初めて行っている。史跡指定による保存の可能性を探っており、23日に初の現地説明会を開く。
楠葉台場は、現在の八幡市との境界線に近い淀川沿いに江戸幕府が築き、1865(慶応元)年に完成させた。南北300メートル、東西200メートルの西洋式要塞で、角張った堀と土塁に囲まれ、川に向かって大砲3門を設置できた。東に火薬庫、中央に建屋を設けていた。
当時、京都の治安を担った会津藩主松平容保(かたもり)が幕府に建設を提案した。外国船が淀川を上って京都を攻撃するのを防ぐ名目だったが、近年の研究では、実際には、敵対する長州藩士らの京都入りを防ぐ関所として使った、と考えられている。
枚方市教委は、堀跡や火薬庫跡など8カ所を堀り、台場の範囲の確定する調査を1月末から始めた。2008年度も調査し、重要部分があれば、保存を検討する。現地では土地区画整理事業が計画されており、大阪歴史学会が保存を要望している。
台場跡は西端が京阪本線建設で削り取られているほかは田畑で、大半が建設当時の地形をほぼ保っている。設計総責任者は勝海舟で、補佐役として実務を担った蘭学者・広瀬元恭(げんきょう)と立地調査に訪れたこともある。歴史上では、1868年の鳥羽伏見の戦いで勝った新政府軍が楠葉台場を占拠、大阪進軍までの一時的な拠点として使っている。近くの橋本陣屋(八幡市)では、撤退した旧幕府軍と対岸に布陣した藤堂藩が砲撃戦を展開した。
枚方市教委の馬部隆弘・市史資料調査専門員は「会津藩が京都の治安をどう守ろうとしたのかを考える上で重要」と話している。
説明会は枚方市楠葉中之芝2丁目の現地で午後の1時、2時、3時の計3回行う。小雨決行。
2008/02/23 17:08
大 阪
神功皇后陵
陵墓へ初の立ち入り調査
日本考古学協会など考古学、歴史学の学会計16団体による奈良市の神功皇后陵(五社神古墳)への立ち入り調査が22日、行われた。研究団体の要望に基づいて宮内庁が調査を許可したのは初めて。制限の多かった陵墓の研究に道を開くきっかけとして注目されそうだ。
学会は、約30年前から陵墓公開の要求を続けていた。陵内に入ったのは各団体の代表計16人。発掘は認められなかったが、墳丘最下段の平たんな部分を外周に沿うように歩き、宮内庁作成の実測図や遺物の状況を確認、写真も撮影した。
宮内庁は周濠に面する墳丘のすそ野の補修工事に伴う発掘調査を2003年に実施。円筒埴輪や葺石などが出土した。
日本考古学協会理事で富山大の高橋浩二准教授は「築造時期を特定する手がかりをつかみたい」としている。
古墳は奈良市北部にある全長約270メートルの前方後円墳。
2008/02/22 17:58
奈 良
長岡京跡
長岡京跡で道路遺構見つかる
向日、23日に史跡巡る催し
京都府の向日市埋蔵文化財センターが同市鶏冠井町石橋の長岡京跡で行っている発掘調査で、長岡京期の道路遺構などがこのほど見つかった。23日には遺跡の現地説明会と併わせて市内の長岡宮史跡を巡る「歩いてみよう長岡京跡」を開く。
調査は長岡京跡の道路遺構を確認するために1月下旬から実施。調査地は、二条条間南小路という東西の道路と、東三坊坊間西小路という南北の道路で、それぞれの道路遺構が推定される場所に2カ所の調査区を設けて発掘した。
この結果、それぞれの調査区で幅約1・2メートルの道路側溝が2つずつ見つかり、側溝に挟まれた二条条間南小路と東三坊坊間西小路の道路遺構(ともに幅約9メートル)を確認した。
また、両道路に面する「六町」という宅地の町内溝も調査区2カ所で見つかった。町内溝と道路側溝との幅が、南側は約3メートルあるのに対し、西側は1メートルほどしかないことから、南側はしっかりとした土塀、西側は簡単な柵などで区画されていたことが推定されるという。同センターは「六町には、これまでの調査で貴族などの大きな邸宅があった可能性が指摘されている。今回の調査結果は邸宅の規模や周囲の景観を復元する資料になる」としている。
23日の現地説明会
は、正午に阪急西向日駅西口に集合し、長岡宮跡の朝堂院跡や大極殿跡などを巡った後、長岡京跡の発掘現場2カ所を見学する。参加は無料で、事前申し込み不要。問い合わせは市埋蔵文化財センターTEL(931)3841。
2008/02/22 17:57
京 都
祭祀跡
地鎮祭に火を使用か
中京 平安前期の祭祀跡確認
京都市中京区西ノ京の花園大で、平安前期の貴族の邸宅跡や地鎮祭とみられる祭祀(さいし)跡が見つかり21日、同大学が発表した。祭祀跡は、炭などを焼いた上に小さな壺(つぼ)を据えた珍しい形式で、同大学は「当時の貴族の精神生活を知る上で貴重な発見」としている。
新校舎建設に伴い、同大学の考古学研究室が昨年8月末から約1550平方メートルを調査した。
建物跡は9世紀前半から10世紀前半にかけて4棟が重複して見つかり、高級貴族が住んだ一町規模(一辺120メートル)の宅地の中枢部とみられる。
祭祀跡は、母屋とみられる9世紀前半の東西棟(南北6メートル以上、東西12メートル)の柱列の中にあり、ほぼ東西の中央に位置していた。直径45センチの円形の穴が焼け土で埋まり、鮮やかな褐色の焼け色も土の一部に残っていた。中央に据えられたとみられる小壺や、それを覆っていたらしい甕(かめ)の破片もあった。
建物に伴う地鎮祭は、7世紀後半の藤原京以降一般化するが、土器を埋めただけのものが多く、焼け跡が伴うものは例がないという。
調査を指導した同大学の高橋克寿准教授(考古学)は「平安京造営まもない時期で、人の住まなかった原野の魔物を焼き払うなどの意味があったのではないか。焼くという行為はそれまでの信仰にはみられず、意識変革が起こっていた可能性もある」と話している。
現地説明会は23日午後1時から。
問い合わせは同大学TEL075(811)5181へ。
2008/02/22 17:56
京 都
丹波竜
丹波竜、首の骨見つかる
世界でも珍しい「環椎」
兵庫県丹波市で、ティタノサウルス形類とみられる大型草食恐竜「丹波竜」の化石を発掘している兵庫県立人と自然の博物館(同県三田市)は21日、地層から「環椎」と呼ばれる首の骨1個が見つかったと発表した。
博物館の三枝春生研究員によると、環椎は頸椎の一番上にあり、頭を支える骨。丹波竜が属する竜脚類の環椎発見は世界的にも珍しく、日本での発見は初めてだという。全身骨格発見への期待がさらに高まった。
見つかった骨は、一部が欠けたドーナツのような凹型で、高さ約8センチ、幅約6センチ、厚さ約3センチ。発掘のボランティアが5日に発見し、部位の鑑定作業を進めていた。
2008/02/22 17:48
其 他
高松塚古墳
謎の「切石」取り出し
高松塚、墨書き確認できず
国宝壁画修復のため、石室を解体した奈良県明日香村の高松塚古墳(7世紀末−8世紀初め)で、文化庁は20日、壁画発見のきっかけになった「切石」を保存施設から取り出した。
石の用途解明のため、赤外線を使って表と裏面に墨書きの文字などが残っていないか調べたが、これまでのところ確認できなかったという。
切石は縦横約60センチ、厚さ36センチ、重さ189キロで、石室と同じ凝灰岩製。石室入り口正面に置かれていた。被葬者名を記した墓碑や追悼場所の礼拝石、供物台など、研究者がさまざまな見方をしている。
作業は午前10時すぎに開始。墳丘にある保存施設の床下から切石を器具でつり上げて台車に乗せ外に搬出、クレーンでトラックに積み込んだ。古墳近くにある壁画の修復施設へ運び保管する。墳丘整備のため、保存施設は今後撤去する。
2008/02/20 16:35
奈 良
長岡宮跡
長岡宮跡「朝堂院公園」保全工事始まる
向日市 史跡公園に整備へ
長岡京時代の政治の中枢施設があったとされ、京都府向日市の鶏冠井、上植野両町にまたがる史跡長岡宮跡「朝堂院公園」の保全整備工事が、このほど始まった。本年度は南面回廊地区(上植野町)の整備が中心で、最終的には史跡長岡宮跡を復元し、市民の憩いの場など多様な活用ができる史跡公園を目指す。
市はこれまで、史跡長岡宮跡のうち、同市鶏冠井町の朝堂院西第四堂地区と南門地区を「朝堂院公園」として整備してきた。今回はその「朝堂院公園」に、2006年に史跡指定されて買い上げた同市上植野町の南面回廊地区を加えた計約3500平方メートルを本格的に整備する。
工事は09年度までの3カ年計画で総事業費は7200万円。本年度は、盛土や雨水排水溝の設置のための作業が進められている。08年度は西第四堂基壇の形成や柱跡の遺構表示などが予定されており、一般会計当初予算案では3100万円が計上されている。
市文化財調査事務所は「史跡めぐりや観光の拠点的な役割になれば」と話している。
2008/02/19 17:12
京 都
『猫又』作品展
考古学界の異才「猫又」の遺作展
「猫又さん」。かつてこんな愛称で親しまれ、畏敬(いけい)された人物が滋賀の考古学界にいた。06年に59歳で急逝した松澤修さん。県文化財保護協会職員として発掘一筋に生き、一方で木彫や陶芸、書、絵など幅広い分野で独特の味わいを持つ作品群を残した。千点を超える松澤さんの遺作を集めた「『猫又』作品展」が、多賀町四手の「あけぼのパーク多賀」で始まった。
松澤さんは1946年、東京生まれ。国学院大で考古学を学び、神奈川、静岡、島根などで発掘調査に従事した。滋賀との縁は71年、国鉄(現JR)湖西線建設の事前発掘調査に招請されて始まった。その後、県文化財保護協会の職員となり、県内各地の発掘調査に携わった。
多賀町では敏満寺遺跡の石仏谷墓跡が05年に国史跡に指定されるまで、町教委の発掘調査を指導。史跡整備に取りかかろうとした矢先の06年3月に急逝した。
「仕事には怖いぐらい厳しかった」と直接指導を受けた若手の文化財関係者は話す。半面、仕事を離れると、いつも冗談を言い、飄々(ひょうひょう)として「仙人」のようだったとも。
「猫又」は松澤さんが仕事以外で使った筆名。高校時代は美術部に属し、仕事の合間に、布や和紙に猫やウサギ、キツネなど動物を好んで描いた。鳥獣戯画の世界にあこがれていたという。
宮沢賢治も好きだった。「十月の末」や「双子の星」などから文章を書き出しては絵を付けた。登場人物を動物に変えているのが特徴だ。
木彫も数多い。様々な形をした猫が、並んでこちらをにらむ。荒々しい彫りだが思わず引き込まれそうな雰囲気がある。
陶芸は、各地の有名な窯を見て歩くうちに、自分で作るようになった。湯飲みや一輪挿しなど、どこか発掘した土器を思わせる。
松澤さんは発表を意識していたわけではないが、その創作意欲は旺盛で、多彩な作品があちこちに残されている。これまでにも秦荘町歴史文化資料館や能登川町立博物館(いずれも旧称)などで作品展が開かれた。
今回の作品展は、多賀町立文化財センターが松澤さんをしのんで企画。個人の所蔵も含めて、出来る限り多くの作品を集めて展示した。
松澤さんの大学時代からの友人、近藤滋・県安土城郭調査研究所所長は「繊細な天才肌の人だった。いつの間にあれだけの作品を残したのか。発掘でも創作でも、彼は生涯『職人』であり続けたと思う」と振り返った。
作品展は、4月6日まで。途中で展示替えがある。午前9時半〜午後5時。月曜と祝日の翌日は休館。入場無料。
2008/02/18 17:15
滋 賀
キトラ古墳
キトラ古墳の月像はぎ取りを見送り
文化庁は15日、キトラ古墳(明日香村)の石室天井に残された天文図の一部などをヘラではぎ取ったと発表した。はぎ取りを予定していた月像は、しっくいが予想以上に固かったため作業を見送った。
2008/02/16 17:56
奈 良
元稲荷古墳
稲荷古墳:葺き石と礫敷確認 古墳のくびれ部
古墳時代前期(3世紀後半)の前方後方墳「元稲荷古墳」(向日市向日町北山)を調査している同市埋蔵文化財センターは15日、前方部と後方部をつなぐ東側くびれ部分から、葺(ふ)き石と礫敷(れきじき)を発見した、と発表した。通常、葺き石と礫敷の境目にある基底石がなく、礫敷の層が数十センチと厚いことから、同センターは「礫敷が基底石の役割を担っている可能性があり珍しい」としている。
1960年から断続的に発掘調査を行っており、今回が4回目。また、後方部東側から葺き石と基底石が、東側くびれ部分から壺形埴輪(つぼがたはにわ)の破片約10点も出土した。
現地説明会は16日午後2時から。
同センター(075・931・3841)。
2008/02/16 17:50
京 都
太閤堤
「太閤堤」でまちづくり
宇治市、周辺整備検討へ
京都府宇治市と同市教委は4月から、豊臣秀吉が築造させた太閤堤とされる宇治川護岸遺跡(同市莵道)を観光拠点と位置付けたまちづくりを検討する。昨年9月に見つかった遺跡の保存にとどまらず、平等院など近くの文化資源とあわせて歴史ロマンを体感できる周辺整備を目指す。2008年度当初予算案に3事業2000万円を盛り込んだ。
市教委は新年度から、国の史跡指定に向け、遺跡の面積を確定するための調査に着手。4−5月をめどに専門家らによる「宇治川護岸遺跡保存整備検討委員会(仮称)」を設け、遺跡の公開や活用法を議論する。
遺跡の南東には京阪宇治駅があり、観光客が足を運びやすい。周辺にある世界遺産の平等院や宇治上神社、「源氏物語」宇治十帖古跡巡りなどを結んだ新たな観光・文化体験ルートづくりなども期待されている。
市は、地権者の同意を得た上で、現在は区画整理事業予定地となっている遺跡一帯4・3ヘクタールを活用した観光まちづくり構想の検討に向けた委員会を設ける。遺跡が史跡指定されれば、土地買い取り費用の8割、整備費の半額が国から補助されるのも見込んでいる。
久保田勇市長は「源氏物語から秀吉の安土桃山文化まで歴史の長いスパンを感じてもらえるまちづくりをしたい」としている。
2008/02/16 17:25
京 都
室橋遺跡
古墳時代中期の竪穴住居跡 府埋文研、新たに5基を確認−−南丹
◇広範囲な集落と推測
府埋蔵文化財調査研究センターは13日、南丹市八木町室橋の室橋遺跡(弥生−平安時代)発掘調査で、古墳時代中期の竪穴住居5基の跡を新たに確認した、と発表した。同埋文研は「広範囲にわたる集落があったのでは」としている。
調査は07年9月から、府道亀岡園部線の道路工事に伴い、約1830平方メートルで行った。現在の地表から0・7メートル掘り下げた層から、古墳時代中期(5世紀前半)の竪穴住居跡が見つかった。住居跡は一辺が4〜6メートルの四角形に土を掘り下げたもの。5基のうち2基からは焼けた土が見つかっており、かまどがあり、そこで調理していたと見られている。
また、弥生時代〜平安時代の大型の溝が3カ所で見つかった。幅約3・5メートル〜5メートル、深さ0・4メートル〜2メートルで、出土した遺物が少ないことから用水路だと見られる。現在、室橋遺跡内を通り、今も水が流れる新庄用水は、平安時代末期から鎌倉時代初期に作られたとされているが、それ以前からも同じように水路を引いて、水田耕作が行われていたことを示す証拠という。
現地説明会は16日午前10時30分から。
現地事務所(090・9713・8715)
2008/02/15 17:35
京 都
根成柿遺跡
弥生前期の環濠集落-橿原の川西・根成柿遺跡
萩之本遺跡から北へ約500メートル離れた京和奈道御所区間建設現場(橿原市川西町、大和高田市根成柿)では、弥生時代前期(約2300年前)の環濠集落跡が見つかり、県立橿原考古学研究所などが14日、発表した。川西・根成柿遺跡と命名。南北には集落の出入り口とみられる橋脚跡や通路が確認された。同研究所は「稲作文化が定着したころの集落の姿が分かる貴重な成果」としている。
同研究所と大和高田市教育委員会が昨年4月から約8000平方メートルを調査。集落を囲む環濠とみられる東西溝8本と南北溝1本のほか、掘立柱建物や竪穴住居などが多数見つかった。溝は幅1.5―4メートル、深さ約1メートルで、排水などの用途があったと推定される。
2008/02/15 17:28
奈 良
たたら製鉄再現展
古代のたたら製鉄紹介
工程を写真やパネル展示
京都府京丹後市弥栄町溝谷の弥栄地域公民館でいま、「たたら製鉄再現展」が開かれている。昨夏、地元グループが取り組んだ日本最古の製鉄法の再現の様子を写真や実際に使った砂鉄などで紹介し、参観者を古代丹後の世界に引き込んでいる。
たたら製鉄(6世紀が起源)は木炭を燃やした炉に砂鉄を溶かし、「けら」と呼ばれる鉄の塊を取り出す製鉄法。「たたら製鉄再現実行委員会」(義村亨委員長)が昨年8月、同町にある全国有数の製鉄遺跡「遠處(えんじょ)遺跡」近くで再現に成功し、その成果を知ってもらおうと展示を企画した。
砂鉄の採取から耐火レンガ製の炉造り、火入れ、炉を解体して「けら」を取り出す工程などを、「よみがえったたたらの炎」として写真やパネルで見せている。
このほか、箱石浜や竹野川など同市内約30カ所の砂鉄採取地を地図で示し、各地区で採取した砂鉄や黒く光った「けら」の実物なども展示している。20日まで。
2008/02/15 17:20
京 都
萩之本遺跡
数百本のくいで護岸
奈良、弥生のかんがい施設跡
奈良県橿原市の萩之本遺跡で、弥生時代前期(約2300年前)とみられる約700平方メートルの水田跡とかんがい施設が見つかり、県立橿原考古学研究所が14日、発表した。
かんがい施設は小川がカーブする個所に設置。岸が崩れるのを防ぐため、長さ1メートル以上の木のくい数百本を約10メートルにわたって何重にも打ち込み、すき間に板を挟んでいた。
川底は一段と深く掘り下げ、小さな貯水池のようにしてあった。この先は細い水路になっており、周辺の田に流れる水の量を調節したらしい。
かんがい施設は何度か壊れたようで、補修した形跡があった。同研究所は「水を得るノウハウを持っていたことがうかがえる。当時の水田経営の実態が非常によく分かる資料」としている。
水田は1枚が3−25平方メートルの長方形。幅30センチほどのあぜで区切られ、40枚以上が見つかった。
2008/02/15 17:08
奈 良
恵解山古墳
鉄製農具類も出土、過去には武具も
長岡京・恵解山古墳
京都府の長岡京市埋蔵文化財センターは14日、乙訓地域最大の前方後円墳恵解山(いげのやま)古墳(長岡京市勝竜寺)の発掘調査で、祭祀(さいし)用とみられる鉄製農具や工具類が初めて出土した、と発表した。同古墳の過去の調査で見つかった刀剣類の埋納施設とは別の施設があった可能性が高いという。武具と農工具類を別々に納める施設を備えるほど整った古墳は全国的にも珍しく、古墳の被葬者が当時の中央政府と直接につながる人物であった可能性も出てきた。
鉄製の農工具が古墳から出土した例は府内で初めてで、古墳東側の前方部で見つかった。現在までに、クワかスキとみられる農具(幅4・5センチ、長さ5センチ)やオノ(長さ約6−8センチ)、キリ(同約4センチ)など26点が確認された。大きさはいずれも小ぶりで、祭祀(さいし)用のミニチュア製品とみられる。
1980年の調査時には鉄製武具は大量に見つかったが、農工具は出土しなかった。今回、農工具の出土量がまとまっていることなどから、同センターは祭祀用の農工具を納めた別の施設があった可能性が高いとみている。
また、今回の調査では古墳東側の中段部から埴輪(はにわ)列が出土、古墳西側では前方部と後円部の境目の傾斜面を形成していた葺石(ふきいし)が見つかるなど、古墳の復元に欠かせない情報も得られた。
現地説明会は17日午前10時から行われる。
問い合わせは市埋蔵文化財センターTel:075(955)3622。
2008/02/15 17:07
京 都
鑵子塚古墳
ビー玉も“出土” 昭和の飛鳥っ子の「宝物」
国内最大級の横穴式石室が確認され、かつての子供の遊び場から貴重な古代遺跡として一躍脚光を浴びた明日香村真弓の真弓鑵子塚(かんすづか)古墳(6世紀中ごろ)。発掘調査では、おもちゃのビー玉も“出土”していた。発見直後は「もしや古代のガラス玉か」と調査担当者も色めき立ったが、その正体は、昭和の飛鳥っ子たちの“思い出の輝き”。1400年前の高貴な人物の墓は、子供たちの宝物が埋まった秘密の空間でもあった。
昨年10月、石室内の北側入り口近くを発掘中に、ブルーや透明のガラス製の玉が埋まっているのが見つかった。暗闇の石室でも、ライトで照らすとキラキラと輝く。
「もしや被葬者の副葬品では」。村教委の西光慎治技師は一瞬目を見張った。しかしよく見ると、約50個のガラス玉はポリ袋にまとめて入れてあり、ビー玉と判明した。
石室は40〜50年前まで、地元の子供たちの格好の遊び場だった。西光さんは「きちんと穴を掘って埋められていたし、子供たちの宝物だったのだろう」と話す。
ビー玉は袋に入っていなくても、古代のガラス玉と見間違えることはないという。西光さんは「古代のガラス玉は精巧で、ビー玉のように内部に気泡などはない」。ただ、村教委は現在も、ほかの土器などとともにビー玉も「出土品」として大切に保管している。
◇
ビー玉を除き、同古墳から見つかった獅子(しし)形飾り金具や馬具などの出土品は、同村飛鳥の村教委隣の埋蔵文化財展示室((電)0744・54・5600)で一般公開されている。入場無料で土、日曜と祝日は休館。
2008/02/14 16:56
奈 良
大亀谷池
室町時代の池、売却へ-奈良市の「大亀谷池」
奈良市押熊町に室町時代初期(1354年)に築造されたと伝わる同市の市有財産「大亀谷池」(財産区財産)が来月、公売されることになった。農業用の水利が不用になり、宅地開発などに供される。ため池は治水や景観形成など多機能であり、貴重な農業土木遺産の喪失を惜しむ声も上がっている。
県耕地課によると、14世紀(南北朝時代)の築造と伝わる農業用のため池。かつては地域の人々が共同で水資源管理を担ったかんがい用施設だ。
市の話では近年、地域の農業離れが著しくなり、池に水もたまりにくくなった。周辺開発の影響で水路に障壁が生じたとみられる。押熊町水利組合が用途の廃止を決め、市条例に基づいて公売されることになった。
2008/02/14 16:52
奈 良
キトラ古墳壁画展「子どもデー」
◎5月8日、小中学生を無料招待
キトラ古墳壁画「子・丑・寅」特別公開(5月9〜25日)に先立ち、5月8日に小中学生を対象とした「子どもデー」を設けます。文化財の未来を担う子どもたちに「本物」を見せ、理解を深めてもらうためで、学芸員らによる解説やプレゼントもあります。観覧料は無料です。
◆日時・場所 5月8日(木)午前8時半から午後5時まで、奈良文化財研究所飛鳥資料館(奈良県明日香村奥山601 電話0744・54・3561)
◆対象 関西圏の小中学生約3千人
◆特典 キトラ古墳を解説した「キトラの巻物」を全員にプレゼント。5分程度のキトラを解説した映像を見た後、資料館学芸員らが解説をします。
◆申し込み 学校単位で。電話で、(1)学校名(2)連絡先(3)引率代表者名(4)希望の時間帯(5)おおまかな人数を「キトラりんりんダイヤル」(電話050・7105・5355)まで。見学の時間帯は調整のうえ、折り返しご連絡します。
◆周辺施設の割引 石舞台古墳は人数にかかわらず、子どもたちはこの日のみ団体割引扱い。奈良県立万葉文化館は無料で入場できます。
◆交通手段 近鉄橿原神宮前駅東口から資料館、石舞台、高松塚古墳公園を周遊する奈良交通のバスを増発。料金は8日のみ周遊乗り放題小学生250円、中学生500円。交通の不便な学校からは、直通バスも運行。問い合わせは奈良交通運行課の真子(まなご)さん(電話0742・20・3050)へ。
2008/02/14 16:47
奈 良