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石神遺跡
飛鳥時代の国道・山田道の「敷葉工法」標本 奈良・橿原で初公開
明日香村飛鳥の石神遺跡で昨年5月に見つかった飛鳥時代の国道「山田道」で、路盤強化のため木の枝を敷き詰めた「敷葉(しきば)工法」で築かれた特殊な遺構の標本が、橿原市木之本町の奈良文化財研究所・藤原宮資料室で初公開されている。サカキなどの枝が1本ずつ丁寧に敷かれており、1400年前の土木の最新技術を今に伝えている。
山田道は、現在の同村北部から桜井市を東西に結ぶ約5キロの古代の幹線道路、壬申の乱(672年)で勝利した大海人(おおあまの)皇子(後の天武天皇)が凱旋(がいせん)した道路として知られる。
同研究所の発掘調査によって、長さ33メートル分の道路側溝が見つかり、路面の数十センチ下には、葉のついたままのシイやサカキなどの枝がびっしりと敷かれていた。この地域は低湿地だったため、地盤を強化して水はけをよくするため、中国から伝わった敷葉工法という当時の最新技術を使っていたことが判明した。
木の枝などは通常、腐植してしまうが、湿地帯のため粘土で真空パックされたことで、当時の状態で残っていた。遺跡は埋め戻されたが、同研究所は貴重な敷葉工法の遺構のうち1メートル四方を樹脂で固めて厚さ10センチ分を切り取り、約半年かけて保存処理を行った。
敷葉工法は、ほぼ同時代の高松塚古墳(同村)でも採用され、墳丘を築く際に木の枝の代わりにむしろを敷いて突き固めていた。
遺構標本の公開は9月末まで、午前9時〜午後4時半に行われている。入館無料で、土、日曜、祝日は休館。問い合わせは同資料室((電)0744・24・1122)へ。
2008/07/04 20:27
奈 良
宝山寺獅子閣
江戸期築造の石垣発見-生駒・宝山寺獅子閣
地盤沈下で建物が破損し、解体修理が行われている生駒市門前町の宝山寺獅子閣(国重要文化財)で、江戸時代の築造とみられる石垣が見つかった。古い石垣を残したまま造成土が盛られ、そこを境に地盤が沈みこんでいた。敷地を分断するように亀裂が走り、県教育委員会文化財保存事務所は鉄筋の杭(くい)を打つなど万全の対策を施した。
獅子閣は明治15年に完成した「擬洋風」の建物で、宝山寺の客殿として利用されてきた。内部には、らせん階段が設けられ、色ガラスも使用するなど、明治時代を代表する近代建築として知られている。
2008/07/04 20:21
奈 良
両生類化石
国内最古の両生類化石
宮城の無人島で発見
宮城県南三陸町の無人島「唐島」の約2億4500万年前ごろ(中生代三畳紀前期)の地層から、国内最古とみられる両生類の化石が見つかった。仙台市で開催の日本古生物学会で5日、発表される。
発見した東京大大学院の研究生、中島保寿さん(26)によると、化石はワニに似た大型の両生類マストドンサウルスの仲間。川べりや湖畔に生息し、鋭い歯で魚や小動物を食べていたとみられる。
中島さんは2006年夏、唐島で別の絶滅動物の化石を発掘中に、見慣れない動物の下あごの化石(長さ約5・5センチ)を見つけ、ドイツのシュツットガルト州立自然博物館の専門家に鑑定を依頼。今年5月、マストドンサウルスの一種との回答を得た。化石の形や大きさから体長1−1・5メートルと推定され、この種の仲間としては小型だという。
2008/07/04 20:12
其 他
女郎花遺跡
奈良−平安期の建物遺構出土
八幡・女郎花遺跡 地元豪族の居館か
京都府八幡市の市教委は3日、同市八幡女郎花の女郎花遺跡から、奈良時代から平安時代初頭にかけての建物の遺構が見つかったと発表した。長期間にわたり地域を治めていた豪族の居館の一部とみられ、市内の「石清水八幡宮成立(859年)以前の中心地をうかがい知ることができる」としている。市内で豪族の遺構の発見は初めて。
遺跡東端の157平方メートルを発掘し、3棟の大型掘っ立て柱建物の柱穴がほぼ同じ場所から見つかった。柱穴はいずれも直径70センチから1メートル。
最も古い遺構は、南北約5メートル、東西は確認できただけで約7・5メートル以上あり、面積37・5平方メートル以上になる。
2番目に古い建物は約26・5平方メートル(南北約6・3メートル、東西約4・2メートル)。最後に建てられたとみられる遺構は約29平方メートル(南北約6・3メートル、東西約4・6メートル)で、2番目とほぼ同規模。居館が建て直されながら奈良時代前半から平安時代初頭まで約100年間続いたことを示している。
市教委は、柱穴の大きさが古代寺院に匹敵し、遺構の南30メートルに倉庫跡、南250メートル地点に奈良時代に権威の象徴として盛んに建立された志水廃寺があることなどから、現在の同市八幡辺りを治めた豪族ではないかとみている。
これ以後、居館は畑になり「勢力の再編成で豪族は没落した」と推測する。「八幡宮の成立を期に集落域が男山東麓の南端から八幡宮ふもとの北側に移ったことがうかがえ、興味深い」としている。
発掘は宅地造成に伴う道路建設の事前調査として5月30日から実施した。
5日午後2時から現地説明会を開く。
雨天決行。問い合わせは市立ふるさと学習館TEL075(972)2580。
2008/07/04 20:11
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