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 江戸期の奈良町「宝永の大火」跡か 東大寺西側で焼け焦げた壁土

 奈良市押上町の東大寺西側で、江戸時代の焼け焦げた瓦や壁土が多数見つかっていたことが18日、分かった。この地域は江戸時代以降の古いたたずまいをのこす当時の奈良町の一角で、調査した県立橿原考古学研究所によると、宝永元(1704)年4月に1800戸が焼失したとされる「宝永の大火」に関連する可能性が高く、文献でしか知られていない大火の様子が初めて裏付けられた形。出土した壁土や瓦は、19日から同研究所付属博物館(橿原市畝傍町)で始まる平成19年度発掘調査速報展「大和を掘る26」で展示される。

 江戸時代当時の奈良町は、現在観光スポットになっている近鉄奈良駅南の元興寺周辺だけでなく、同駅前から北東側にも広がっていた。押上町一帯は、京都へ向かう街道沿いに旅籠(はたご)などが立ち並び、現在も旧家が残っている。

 発掘現場は東大寺大仏殿の南西約500メートルで、江戸時代の穴から、火災で赤く変色したりすすけた大量の瓦や、高熱で固まった壁土の破片が出土した。

 当時の町名や寺社の由緒などを記した地誌「奈良坊目拙解(ぼうもくせっかい)」などによると、宝永元年4月11日、芝辻村(現在の奈良市芝辻町)から出火し、東方に燃え広がって押上町まで延焼。約1800戸が焼け、死者は13人にのぼったと記録されている。今回見つかった壁土などは、この時の火災で焼失した家屋の残骸(ざんがい)が捨てられた可能性が高いことが分かった。

 速報展ではこのほか、法隆寺で見つかった創建当初とみられる7世紀前半の鴟(しび)の破片など35遺跡の遺物も紹介している。会期は9月7日までで、休館日は毎週月曜。今月21日は開館し、22日が休館となる。入館料は一般400円、高校・大学生300円、小・中学生200円。今月26日と8月9、30日、9月6日の午後1時半から、同研究所講堂で発掘担当者による報告会(無料)が開かれる。問い合わせは同館((電)0744・24・1185)へ。


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