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 平安後期の男女神像5体が出土
 西浅井・塩津港遺跡 祭祀跡も

 平安後期(12世紀)の大型起請文木簡が大量に出土した琵琶湖北端の塩津港遺跡(滋賀県西浅井町)から、同時期の木彫りの男神像2体と女神像3体計5体が出土したと、県文化財保護協会が10日、発表した。神像の出土は、青木遺跡(島根県出雲市)の1体のみで、1遺跡から5体も出土したのは全国初。幣、しめ縄、土器などの祭祀(さいし)跡も見つかり、協会は「当時の神社信仰の姿を総合的に知ることができる貴重な遺跡」と説明する。

 神像は、神を彫刻や絵画で表したもの。仏像の影響で8世紀ごろから作られた。今回出土した神像は高さ10・5−15・2センチの座像。本殿跡の北の堀から4体、東側の堀から1体が見つかった。

 男女神像の各1体は像容がかなり残り、平安後期以降の典型的な様式。男神像は冠をかぶって手を胸元で合わせた貴族の正装、女神像は大袖の袍(ほう)をまとい髪を肩下まで垂らす。

 4体の神像が出土した堀のへりから、当時の祭祀の様子を示す幣串、土器皿、灯明が、堀の中からは、しめ縄が出土した。

 本殿跡がある区画は、東西約50メートル、南北約50メートル。周囲に堀を巡らし、拝殿、鳥居柱、神泉の跡もあった。堀から、仏堂や神殿の柱などを飾る「華鬘(けまん)」や卒塔婆も出土し、神仏習合の実態がよくうかがえる。

 塩津は古くから北陸などの物資を京都へ運ぶ琵琶湖水運の要衝で、平安時代の延喜式に塩津神社の名が見える。神像は、15日午後1時半からの現地説明会、22日午後のピアザ淡海(大津市)でのシンポジウム、30日午後に安土城考古博物館で公開される。

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 塩津港遺跡で神像出土 自然の奇跡が保存に幸い

 5体の神像出土で、神社遺構であることが裏付けられた西浅井町の塩津港遺跡。800年前の信仰の姿を今に伝える「例のない貴重な発見」に、研究者たちは沸き立っている。

 「絵巻物そのままなんですよ」。発掘調査を担当した県文化財保護協会の横田洋三副主幹が興奮気味に説明する。鎌倉時代の「春日権現験記絵(ごんげんけんきえ)」に描かれたおはらいの様子さながらに、3本の幣串(へいぐし)としめ縄、土師器(はじき)皿が堀の中からまとめて出土した。「まさにここで儀式を行っていたわけです」

 遺跡は12世紀後半、地震などの影響で琵琶湖の水位が上昇し、沈んだとの説が有力視されている。だが、そのことが幸いした。「湿度などの条件が奇跡的な保存状態を作り出した」(県立近代美術館・高梨純次学芸課長)ことで、木造の神像などが朽ち果てずに残された。

 全国に神社は8万余り。だが、20年ごとに遷宮される伊勢神宮をはじめ、昔の姿がそのまま残っているわけではない。国学院大の椙山林継教授(神道考古学)は「当時の姿がタイムカプセル状態でパックされていたことが重要。過去に例のない第一級の発見」と語る。

 遺跡では昨年、神への誓詞を記した平安時代後期の木簡も出土。県教委によると、奈良時代の地層からも須恵器など遺物が見つかっており、来年以降の調査も期待される。



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